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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2256号 判決

原告

金信河

被告

高仁寿

外二名

主文

被告三名は連帯して原告に対し一二〇、〇〇〇円の支払をせよ。

原告の被告三名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、五分の四を原告の負担とし、五分の一を被告三名の連帯負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、四〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告と被告等との店舖が隣接していること、昭和二八年一〇月一七日朝被告高煕哲と原告の妻との間に紛議が生じたこと、同日午後九時頃同被告が原告と口論の末喧嘩をして双方とも負傷したことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第七号証の一、二、第八号証の一から二八まで、第九号証の一から四六まで、第一〇号証の一から一一まで、証人李徳奉、趙重毀の証言、原告本人尋証の結果を総合して考えると、原告と被告等とは洋服地販売の同業者であつて、予てから仲が悪く紛議の絶え間がなく、昭和二八年六月二二日にも被告高仁寿は原告と家屋の境界のことから口論の上原告の顔面を殴打して治療一週間を要する鼻部打撲傷兼鼻出血を負わせ罰金三、〇〇〇円に処せられたことがあつた。同年一〇月一七日朝被告等の商品台が原告の方に侵入していると原告の妻が抗議したことから、被告高煕哲が原告の妻を殴打したことがあつたが、同日午後九時前頃原告が同被告を呼び出し「何故妻を殴つたか。」と詰問したことから口論となり、同被告は一旦自宅へ帰り上衣を脱ぎ腕時計を外して原告方店先へ引返した。そこで原告が先に同被告の顔を殴打したので、同被告は原告と組み合い、互いに殴打したり咬んだりしている内、原告は同被告の上に馬乗りとなつた。原告に拳闘の心得があることを知つているので、同被告の弟の被告高煕賦は被告高煕哲に加勢するため、原告の首を腕で巻いて引き倒そうとし、右被告両名の父の被告高仁寿も被告高煕哲等に加勢するため原告の足を引張つた。そこで体勢のくずれた原告は、被告高煕哲の左大腿部に咬みついたので、同被告はこれを離そうとして靴をはいたままの足をバタバタさせて蹴つたため、靴の部分が原告の眼部附近を強打したが、漸く近隣の人の引き分けるところとなつた。以上のように被告高仁寿、同高煕賦は被告高煕哲に加勢し、同被告の原告に対する暴行を容易ならしめこれを助長したものであるから、被告三名は共同不法行爲と目されるべきものであつて、被告高仁寿、同高煕賦は被告高煕哲と原告との間の喧嘩の仲裁に入つたものでない。その結果原告は顔面及び四肢打撲咬傷を受けた外、治療約六ケ月を要する左右眼球打撲傷、右眼球結膜下出血、右眼球鞏膜裂傷、左右瞳孔強直、右眼底網膜出血及び視束炎を受け、被告高煕哲も治療三日間を要する左大腿部咬傷を受けた事実を認めることができ、甲第九号証の一三から二〇まで、同四〇、四二、甲第一〇号証の三、六、一〇の記載、原告本人、被告高仁寿本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができない。前示甲第七号証の一、二、第一〇号証の一から一一までによると、大阪第一検察審査会は昭和二九年三月二三日右暴行について被告高仁寿の起訴を猶予し、被告高煕賦を家庭裁判所に送致した検察官の処置を相当とし、これを不服とする原告の審査申立を排斥する旨の議決をした事実を認めることができるが、右検察審査会の判断も被告高仁寿、同高煕賦の共同暴行の事実を否定したものでないことは右書証によつて明白であるから、前示認定を妨げるものでない。その他前示認定を動かすに足りる証拠はない。

被告は、被告高煕哲の行為は正当防衛であると主張するけれども、前示のように同被告は原告との喧嘩闘争を予期し上衣を脱ぎ腕時計を外した上、原告と相い対したものであるから、たとえ先に殴打したのが原告であつたとしても、その後に喧嘩闘争の攻撃防護の手段として相互に相手方の身体に対して加えられた行為の一方のみをとらえて不正不法の侵害であるとし、他方を防衛のためのものと解することはできず、同被告の行為を正当防衛とするのは失当である。

従つて被告三名は共同不法行為者として原告に加えた損害を連帯して賠償すべき義務があるものといわなければならない。

進んで原告主張の損害額について判断するに、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証から第六号証まで、前示甲第九号証の四から九まで、同二八から三五まで、証人李徳奉の証言、原告本人尋問の結果によると、原告は右負傷のため右昭和二八年一〇月一七日から同年一二月二〇日過まで中本病院に入院した外、昭和二九年六月八日まで同病院で治療を受けた費用として五二、六一〇円を支払い、昭和二八年一〇月一九日から昭和二九年六月までの間に西眼科病院に対し治療費として三一、二二〇円を支払つた事実を認めることができる。

また、右に掲げた各証拠によると、原告は右期間入院して治療を受けたが今なお右眼の視力は回復せず、大字しか読むことができず、その営業にも支障を来し、これまで右負傷によつて肉体上精神上多大な苦痛を受けたばかりでなく、将来においても視力が回復せず、そのため苦痛を被ることが予想されるから、被告三名が原告に支払うべき慰謝料の額は一〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

次に原告は、その入院中営業に従事することができなかつたため、一、〇〇〇、〇〇〇円の損害を被つたと主張し原告が入院中自ら営業に従事しなかつたため或る程度販売高従つて利益の減少を来たしたことは考えられる。しかし、その減少の割合について、証人李徳奉、原告本人は「その頃は一日一〇〇、〇〇〇円から一二〇、〇〇〇円の売上があり、利益はその一割から一割五分あつたが、原告の入院中は一日五、〇〇〇円程度の売上に減じた。」旨供述するけれども、適確な計数上の根拠を示しておらず、一方証人趙重毀は「右当時(原告の入院直前)の売上は一日四、〇〇〇円から五、〇〇〇円までであつた。」旨証言しており、証人李徳奉の証言、原告本人の尋問の結果は、容易に信用することができず、他に原告の右主張を確認できる証拠はないから、これを採用することはできない。

そうすると、右認定の損害額は、医療費八三、八三〇円、慰藉料一〇〇、〇〇〇円合計一八三、八三〇円であるが、前段認定のように原告の右損害の発生は原告と被告三名との喧嘩闘争の結果であつて、原告にも一部過失があつたものといわなければならないから、これを参酌して被告三名が原告に対して支払うべき損害賠償の額は一二〇、〇〇〇円と認めるのを相当とする。従つて原告の本訴請求は被告三名に対し連帯して一二〇、〇〇〇円の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべきものであるが、その余の部分は失当としてこれを棄却しなければならない。そこで訴訟費用の負担について民訴法八九条九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 井上孝一)

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